音に関連した多様な分野で活躍される方々をお招きし、弊社チーフサイエンティストの濱﨑が、「音」についての様々なテーマについてお話を伺う企画です。
第1回目は、現在finalが共同研究を行なっている、九州大学大学院芸術工学研究院の河原一彦博士にお話を伺いました。お話しいただいたそのままを文章にしましたので、読みにくいところがあるかとは思いますが、これによって、文章から話し手の言葉そのものを感じ取っていただけることと思います。
4時間ほど伺ったお話を、主たる項目に分けてお伝えします。パート3は、『九州芸術工科大学、九州大学芸術工学が担ってきた音響設計とは』です。
九州大学大学院芸術工学研究院 河原一彦博士
九州芸術工科大学、九州大学芸術工学が担ってきた音響設計とは
九州芸術工科大学、九州大学芸術工学が担ってきた音響設計とは
九州大学芸術工学部
九州大学大橋キャンパス
九州大学芸術工学部
九州大学大橋キャンパス
濱﨑:そうやって入られた大学。九州芸術工科大学。それで、その後九州芸術工科大学の教官。今は、九州大学芸術工学部でしたっけ?
河原:九州大学芸術工学部ですね。
濱﨑:九州大学と九州芸術工科大学が統合されて、今、九州大学芸術工学部が同じく南区の大橋キャンパスにある。ここで、音響設計という学問、というか学科がずっと継続されて、卒業生もたくさん輩出した中で、音響設計という学問、あるいは、学科が果たしてきた役割は何だったのか。あるいは、これからどういうふうになっていくのかみたいなことをお聞きしたいのですが。先生は、まさしく、その教育の先頭に立っていらっしゃるんですけれども。いかがですかね。
河原:日本の中でも、音響ってあまり、音響を冠している学部・学科とかコースってないんです。多くの大学では、例えば建築だとか、情報とか、電子工学だとか、あと、心理学とか、芸術学部とか、芸術の中の音楽の一部だったりするような所でありますけれども。そういう教育研究が行われていますけれども。音ですね、特に今日のトピックになるかもしれないですけど、オーディオ工学っていう、オーディオっていう、当時、僕が入学した頃のイメージのオーディオっていうことだけじゃなくて、音楽だとか音楽学ですね、音楽の演奏を含めて音楽、それから、音楽学、音楽の分析、あと、聴覚とか、音関係ですね、建築音響とかに関して、それから、騒音制御とか、騒音の評価とか、そういうのが全部ある大学っていうのは、ここだけですね。おそらく、世界でも似たような所はあるんですけれども、そういう所は、音楽の人、演奏家とか表現者の方がいらっしゃらないとか、あと、聴覚にフォーカスしているとか、建築音響にフォーカスしているとか。それから、電子、信号処理ですね、信号処理にフォーカスしているっていう大学・研究機関はあるんですけれども、こういう音楽、言語学も含めて、幅広い音に関する教育研究を行われているのは、九州大学の芸術工学部だけだろうと思います。当時、僕が学生の時に聞いた話で、音響学や音響学会の範疇の中で、ない分野がありますと。それは、超音波と水中音響ですと。ない理由は、芸術工学っていうのは、人間を中心に技術を考えるという大学なので、そういう意味で超音波は人間に聞こえないし。水中音響は、人は水中で生活しないから、水中音響は芸工大ではやらないという理解をしてくださいと、ある先生から言われて、なるほどなと思っているわけですね。音響設計学科、音響設計コースですね、改組して音響設計コースの学生さんが2年生1年生にいますけれども、音に対する、音に関する多様な側面とか価値を理解できる人材を育ててきたと思っています。これはですね、電子工学は分かるっていう人じゃなくて、音楽、表現者の立場の言い分も分かると。それから、その時のホールだったりの室内音響的なことも分かると。ホールで使われている機材のことも分かると。そういう全部の人の言い分が分かると。それから、関連する分野ですね。例えば電気電子工学だとか、広い意味での社会科学ですね。経済学とか、文化人類学みたいな、社会学みたいな教育と合わせて、他の分野の専門家の人と音っていう切り口で結びつけて、あるソリューションを提供できるような人材を輩出していると思っています。なので、九州芸術工科大学の創立から50年以上経ちましたけれども、1期生2期生みたいな方がリタイアされていく中で、一巡りした。そういう中で、年に40人くらいは、こういうユニークな教育を受けた人を日本の社会に提供して、開発なり研究なり教育なりに関わっていくっていう価値があるんじゃないかなというふうに思っています。音について知っているだけじゃなくて、関連する分野の人の言い分も理解できるような教育をしていたっていうのが、芸術工学部、九州芸術工科大学の設立の理念だったんじゃないかなと思っています。
濱﨑:最初の九州芸術工科大学の創立から50年くらいということで、当然、音とか、あるいは産業の中の音、あるいはオーディオという位置付けも、当然産業が変わっていく中で、変わってきましたよね。例えば、多分、大学ができた当時は、アナログという回路が当たり前だったのが、先ほどあったようにデジタルに移り、デジタル信号処理になる。そうすると、例えば機材も変わっていくし。今はパソコンがあれば、本当に先生が大学に行ってやろうとしていたことが、いとも簡単にできたりとか。スピーカー1つとっても、大きくはもちろん原理的には変わっていないにしろ、社会における位置付けも変わってきているという中で、どうなんですかね。音に対する社会環境なり、社会がどういうふうに音に対して考え方を変えてきたのかに合わせて、大学の教育の状況も少しずつ変わってきては、いるんですかね。
河原:そうですね。例えばオーディオというのが、特に日本国内では産業として小さくなってきていますけど。コミュニケーションという意味では、携帯電話だとか、スマートフォンだとか、そういう分野のマーケットが大きくなって、それに関連するサービスを作っているというか、開発している人っていうのも多くなっていると思います。それに併せて、新しい所だと、音質ですね。機械、例えば車のドア閉め音とか排気音とか、そういうものの品質だとか、もちろん通信の品質だとか、そういうことに対する考え方みたいな、そういう教育も行われています。それから、それを理解する上でも、基本的な音響理論、物理音響の理論というのは、教え方を少しずつ変えながらというか、教える道具が変わりながらも、基礎的な所、逆にアナログの回路イメージ、音響回路のイメージを持った上で、デジタル回路をどう作るかみたいな視点も併せながら教育が行われている。今、少しずつ変わってきていると思います。
濱﨑:基礎的な音響工学とか音響理論とか室内音響とか、それから、聴覚とかいうのは、もちろん毎年、色々な研究がなされて、分かってきたこともあると思いますけど。最近、特に新しい分野として、教育の現場に登場してきている音関係の学問っていうと、どういうものがありますか?最近っていっても、ここ10年くらいということでもいいですが。
河原:聴覚っていう分野の中でも、生理学のことをよく研究されている先生が入られてきたというのが大きいと思います。あとは、僕らが学生の時とは少し違うのは、やはり表現者の、作曲家の先生方、もしくは、演奏家の先生がいらっしゃると。なので、直接パフォーミングやパフォーマンスのことを指導できるというようなことは、以前よりも強力になったかなと思います。その分野の先生方と我々みたいな工学寄りの教員との協業というか、そういうのは、これから期待されている分野かなと思っています。
濱﨑:技術に軸を置いた学問。あるいは、今おっしゃったような音楽、あるいは、最近メディアアートとか、そういったクリエーションですかね、広く言うと、ここが芸術工科って言ってることからもそうだと思いますけど、やっぱり両輪でずっと動いてきたんですかね。それぞれが変化をしながら、ただ、芸術と、それから、工学という軸は保ちながら、今に至っているんですかね。
河原:そうですね。工学の分野にも、それから、メディアアートの分野にも、OB教員がいて、お互いにちょっかいを出しながら、刺激し合っているわけですけれども。僕自身は、ある時に、今の濱﨑さんとのやり取りの中で、芸術工学っていうのは、芸術と工学っていうんじゃなくて、芸術工学でワンフレーズだっていうことをある先生から言われて。当時は、よく分からなかったんですけど。確かに芸術と工学が対立しているような概念って、少なくとも学生は、そういうふうな意識を持って学ばないわけですよ。芸術の先生と工学の先生から講義を受けることで、学生自身の中に芸術工学というものが蓄積されるというか、積み重なっていくわけです。僕なりの芸術工学って何かなって、50周年のこととかもあって考える機会が今までの人生の中で何度かあったんですけど。芸術工学って、人をハッピーにするための学問なのかなって、僕は、そう思っているんですね。だから僕は、音響設計にいるので、音を使ってハッピーなり、それがあからさまなハッピーじゃなくてもいいんだと思うんですけど、自然にいられるための、より価値の高い音なり音空間なりを提供するというのが、音響設計の僕なりの芸術工学音響設計の目標だろうと思って。あまり学生の前で、こういう話をすると、うっとうしがられるのであまり言わないようにしているんですけど。何か機会があった時に言うのは、どのやり方が1番ハッピーかなっていう、サービスを受ける人にとっては、もしくは、音を聴く人にとっては、どうかなっていうのは問いかけたりしているつもりですね。どうでしょう。
濱﨑:私もそうです。自分の中で、どこからが芸術で、どこからが工学だって多分区別はできずに、ものすごく芸術寄りのことをやっている時もあるわけですよね。例えば電子音楽の作品を作ったりなど。でも使っているのは工学ですし。ものすごく技術寄りのことをやっていることもありますよね。ひたすら信号処理の、それこそ数式をやって。でも、その先には、そこに通す音があるわけじゃないですか。もちろん知識ができて、解が解けるとうれしいですけど。でも解が解けた後に、実際に通っていく音が、何か作られた音が、すごく良い音になって、それを一般の人が聞いて楽しくなればいいっていうのは、多分私も同じだと思うんです。そこは。だから自分で、あなたはどっち寄りですか?って言われても、別にどっち寄りでもなくて、両方ですよっていうことなんだと思います。ましてや、音だけではなくて、今はもちろん映像だってあるし、映像を知らなければ音の仕事はできないわけですから、そういう意味では自分の専門っていうのは、よく分からないですけど。目の前にやりたいことがあったら、とりあえずやるというような感じですかね。
河原:ですよね。僕、井上東南先生がそういうことをおっしゃったように思います。僕の担任だったんですけど。俺は工学屋だから、芸術工学は分からん。芸術工学の教育を受けているのは君たちだ。君らが実現することが芸術工学だっていうような内容のことをおっしゃって。だから結局、芸術工学部を出た人でないと、芸術工学っていう全容が分からないと思うんですよね。だから、そういう意味で、音響設計学科を当時設立時に設計した牧田先生って、すごい人だなと思うんですよ。4つの分野に分けて、それぞれの教授と教員を揃えたわけでしょ?今、大学の中にいて、そういう新しい学科を設計するようなことは、すごく難しいですね。いわんや、実際のリアルな人物がいる中で、改組とかやろうとしていると、大変だなと思います。とにかく牧田先生が音響設計学科を設計したというのは、すごく先見の明があったと思います。その分野の割り振りも、すごく適切だったんじゃないかなと。音響学会の中から水中音響と超音波をあえてはずしたという所も含めて、技術の人間化?って言われている芸術工学の趣旨を上手く活かしたというか。そういう所で、音響設計は、今のところ、全国から学生が集まってくれているような学科・コースになっているので、ありがたいですね。モチベーションの高い人が集まって。新入生の野望も、純粋にやりたいことを考えているっていうか、何かしてやろう、しでかしてやろうと思って入ってきてくれる学生がいるっていうのは、すごくありがたいことです。
>>続きを読む:Vol.1-4 『研究テーマ』