音響専門書籍・文献紹介vol.7 <br>「Francis Rumsey:Headphone technology - Hear-through, bone conduction, and noise canceling」 <br> (邦訳「Francis Rumsey:ヘッドホン技術 - ヒアスルー, 骨伝導, ノイズキャンセリング」)

音響専門書籍・文献紹介vol.7
「Francis Rumsey:Headphone technology - Hear-through, bone conduction, and noise canceling」
(邦訳「Francis Rumsey:ヘッドホン技術 - ヒアスルー, 骨伝導, ノイズキャンセリング」)

オーディオ・音響分野専門家に訊くvol.1-7
九州大学大学院芸術工学研究院 河原一彦博士
『今後目指すもの』
Reading 音響専門書籍・文献紹介vol.7 「Francis Rumsey:Headphone technology - Hear-through, bone conduction, and noise canceling」 (邦訳「Francis Rumsey:ヘッドホン技術 - ヒアスルー, 骨伝導, ノイズキャンセリング」) 1 分 音響専門書籍・文献紹介vol.3
「Francis Rumsey著 Audio Processing – Learning from experience」邦訳「オーディオ信号処理 – 経験からの学習」)


音響専門書籍・文献紹介では、弊社R&D担当者それぞれが日頃参考にしている書籍や、注目している論文などをご紹介します。
紹介した書籍や文献へのリンクも掲載していますので、興味を持たれたらご利用ください。


Journal of AES, FEATURE ARTICLE
Volume 67, Number 11, Nov 2019
Page.914-919
https://www.aes.org/e-lib/browse.cfm?elib=20704

キーワード:Hear-through、ノイズキャンセリング、骨伝導


「ヘッドホン技術がオーディオ機器の枠を超えて大活躍する未来がすぐそこに!」

この文献を読んで、新たなヘッドホン技術が音楽を聴くオーディオ機器での役割を果たすだけでなく、日常生活をより良くするために必要な機能も提供し、人に優しい社会を実現する上でますます重要になっていると感じました。

今回取り上げた記事は、2019年8月にサンフランシスコで開催されたAES International Conference on Headphone Technologyで発表された発表論文をまとめたレビューです。著者は、もと英国Surrey大学の教授であり、現在The Journal of the Audio Engineering Society(JAES)のConsultant Technical Writerを務めるFrancis Rumsey氏です。

本記事の中で特に興味深いテーマは、「Hear-through」に関するものです。

外音取り込み機能と呼ばれることもあり、そちらの呼び方に馴染みがある方もいるかもしれません。ヘッドホンやイヤホンを装着すると、耳が塞がれ、周りの環境音やアナウンス音を聴くことができなくなります。そこで、ヘッドホンやイヤホンに実装されているマイクから周囲音を取り込み、取り込んだ音をヘッドホンやイヤホンに出力することで、このような課題を解決します。Hear-throughはヘッドホンおよびイヤホンのひとつの機能としての役割だけでなく、特に補聴器など聴力をサポートするデバイスにおいては非常に重要な役割を担います。

発表された論文では、このHear-throughについて、「デバイスを耳に挿入して作動させてもしなくても知覚される結果が同等であるときに達成される」と定義されています。 したがって、鼓膜付近で同等な振幅周波数特性を実現する必要があり、そのためには高精度な振幅周波数補正が重要になります。そして、その実現には、最適なマイクロホンの選定や、低遅延デジタル信号処理が可能なSoCの選定が必要です。また、オープンタイプのイヤホンの場合、自然音が漏れ入ることにより、加工音との相互作用で櫛形フィルタ効果が表れ、音声明瞭度が低下し、外音取り込みに悪影響を及ぼします。したがって、櫛型フィルタが起きるような遅延が生じない、リアルタイム処理も重要となります。さらに主として耳介の影響で生じる個人性によって、音色に差が生じたり、定位知覚に誤差が生じたりすることも言及されています。昨今のイヤホンでは当たり前になりつつあるHear-throughは、このように、いくつかの重要な要素技術によって実現されており、各要素技術においてさらなる技術進化を遂げることができれば、より多くの場面での生活の役に立つことが期待できます。

一方、耳を塞ぐことなく音楽を聴けるデバイスとして市場で注目されているのが、骨伝導イヤホンです。

ジョギングやランニングなどの用途として重宝され、人気の高まりを感じています。本記事では、聴覚と視覚を組み合わせたウェアラブルデバイスの検討に関連して、この骨伝導イヤホンと空間知覚の関係を調査して結果が報告されています。音像定位の知覚を調査する実験の結果として、通常のヘッドホンを用いた場合と比べて、骨伝導イヤホンでは音像定位の誤差が大きくなることが示唆されています。そして、この実験で得られた誤差の多くは、視覚的な手がかりを加えることによって改善される可能性があることも提案されています。聴覚と視覚の相互補完の実用化は、たとえばエクステンデッド・リアリティー(XR)への応用が期待できます。

この記事で最後に紹介されているのは、ノイズキャンセル技術です。

昨今のヘッドホンやイヤホンでは当たり前に搭載されている機能として、一般ユーザーへの認知が進んでいるノイズキャンセル技術ですが、各メーカーは、「最大○dB」などと謳って、一般ユーザーに対して、その性能を誇大に伝えている傾向もみられます。ノイズキャンセリングの性能を正しく理解するためには、適正な測定方法を用いて、ノイズの振幅周波数特性がどのようにノイズキャンセリングで減衰するのかを周波数特性の変化として客観的に評価することが必要です。この記事では、Head And Torso Simulators (HATS)と呼ばれる平均的な成人の頭部と胴体を模したシミュレーターの使用、無相関な音源を複数配置した拡散音場による騒音環境の模擬、HATSへのヘッドホンやイヤホンの装着具合による測定値のばらつきの影響をへらすために測定を複数回行いその平均値を採用するなどの提案がなされています。こうした客観的な性能評価を可能とする測定法を確立することに加えて、ノイズキャンセル技術で実現された静寂を人がどう感じるのかを研究することもとても大事で、このふたつの要素を日々コツコツと検証を繰り返していけば、いつの日か、人に優しい技術開発を利用した商品を世の中に生み出していけるのではないかと考えています。

私自身、普段からノイズキャンセルやHear-through機能付きのイヤホンを使っており、その効果と、その効果を支える技術が、さらなる発展を遂げる可能性があると実感しています。音楽聴取機器という枠を越えて大活躍するオーディオデバイスを支えるこれらの技術の現状と今後の展望を知ることができる本記事は、大変有用なのではないかと思います。


ゆずからす
一覧へ戻る