音響専門書籍・文献紹介では、弊社R&D担当者それぞれが日頃参考にしている書籍や、注目している論文などをご紹介します。
紹介した書籍や文献へのリンクも掲載していますので、興味を持たれたらご利用ください。
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田中茂良著
『マイクロホン・スピーカ談義』
兼六館出版
1995.3.28発行
ISBN4-87462-035-3
https://www.amazon.co.jp/dp/4874620353/
『マイクロホン・スピーカ談義』
兼六館出版
1995.3.28発行
ISBN4-87462-035-3
https://www.amazon.co.jp/dp/4874620353/
実にいろいろなスピーカが私たちの周りでは使用されています。駅のアナウンス、コンサート会場、映画館、テレビ、スマホ、そして、イヤホンやヘッドホンのドライバーとして。私自身、今朝起きてすぐにパソコンを起動して、すでにYouTubeの音をPC内蔵のスピーカで聞きました。おそらく、スピーカのお世話にならない日は、私個人はないように思います。
スピーカは、電気信号を音波に変える機器ですが、用途や形状は実にさまざま。この本では、あらゆるスピーカの基礎となる、出力音圧レベル、入力インピーダンス特性[1]、音圧周波数特性[2]、指向特性[3]、ひずみなどを分かりやすく解説しています。そして、コーンスピーカユニット[4]の実例と、そのユニットを箱(エンクロージャ)に収めた、いわゆる一般的なスピーカシステムの詳細も書かれています。T/Sパラメータ[5]も説明されています。ここまででしたら他にも優れた書籍がありますが、ここで終わらないのがこの本の真骨頂です。プロのレコーディングエンジニアがスピーカを使用するコントロールルーム[6]の室内音響、映画館の音響、さらには音楽コンサートで用いられるスピーカシステムまで、具体的なユースケースに則した説明がなされています。さらにこの本が発行された1995年では最先端技術だったと思われる、インパルス応答[7]を利用したスピーカ調整まで解説されています。
昨日、芸術系大学の教授と長時間にわたり、今後の音はどうなっていくのだろうという話をしました。ふたりがそれぞれ音の仕事を始めたころから、今日現在までを振り返ってみて出た結論は、やはりトランスデューサ[8]だけは今も昔も変わらず音の入口と出口に存在し続けているということでした。そのふたつのトランスデューサの間の技術は、デジタルオーディオ信号処理[9]の発展とCPUの高速化等で、まったく別物になってしまいました。音を使用したコンテンツ制作で最も重要なのは、マイクロホンをどう使用するかだという話にもなりました。この本では、マイクロホンについても、基礎から応用までとても豊富な知識を得ることができます。スピーカに比べると、一般の方が、いろいろなマイクロホンを使用したり、その音を聞いたりすることは少ないと思いますが、レコーディングエンジニア[10]にとっては、なによりもマイクロホンが重要です。
わたしたちがイヤホンやヘッドホンで聴いている音楽のほとんどが、現在もステレオ音響[11]で制作されています。この本では、このステレオ音響とは何か、そして、マイクロホンでどうやってステレオ音響コンテンツを収音するかが説明されています。私たちが楽しんでいる音楽コンテンツがどうやって録音されているのかを知るのも面白いと思います。
この書籍は、兼六館出版が発行している「放送技術」という、放送送出や放送番組制作に携わるエンジニア向けの技術専門誌に連載された記事を、著者が一冊の本にまとめたものです。日常の業務で多忙なエンジニアが少しでも読んでくれるように、「従来の教科書風の構成では、とっつきにくく不評判であることから、導入部は動画的なムードでいろいろな人物を登場させることとした。トピック的なテーマをならべ、必要なところを拾い読みができるようにしたし、知りたい事項は用語から索引できるようにした」と著者が序文で述べています。つまり、いわゆる専門書のようなとっつきにくさがなく、読み物としても面白く、知りたいことを見つければ、そこだけ読んでも十分理解ができるように工夫されています。三人の登場人物がマイクロホンやスピーカについて談義するという形で各トピックは始まります。
この書籍が発行されたのが1995年ですので、もう27年も前になります。2022年現在のコンテンツ制作に関わる音技術という視点からは、マイクロホンやスピーカを用いた具体例はやや古くはなってはいますが、今でも十分役に立つ内容がほとんどです。言い換えれば、トランデューサの基礎となる技術には大きな変化がなかったとも言えるのではないでしょうか。トランスデューサにブレークスルーを起こすような実用化できる新たな技術が生まれなかったとも言えるわけで、音響やオーディオ技術に関わってきた者のひとりとして自戒させられる書籍でもあります。
パウケン
技術用語解説
[1] 入力インピーダンス特性
スピーカシステムの入力端子からみた電気インピーダンスの絶対値の周波数特性
[2] 音圧周波数特性
スピーカシステムに一定振幅かつある周波数範囲の純音を入力した際の出力音圧レベルの周波数特性
[3] 指向特性
スピーカシステムに一定振幅かつ任意の周波数の純音を入力した際のスピーカの中心軸の出力音圧レベルに対して、スピーカの周りの円周上に測定位置を動かしたときの音圧レベルの変化特性
[4] コーンスピーカユニット
振動板をコーン状にして、空間に直接、音を放射するスピーカユニット
[5] T/Sパラメータ
スピーカユニットおよび、エンクロージャにスピーカユニットをいれたスピーカシステムの調整(アラインメント)を目的に、オーストリアのThileとSmallが定めた測定すべき物理パラメータのセット。スピーカユニット単体およびスピーカユニットをエンクロージャに入れた状態など、いろいろな条件における物理特性を測定することになっている。測定すべきパラメータとしては、共振周波数、Q(共振の尖鋭度)、エンクロージャの内部容積、スピーカユニットのボイスコイルの抵抗など多岐にわたる。
[6] コントロールルーム
音楽録音などを行なうスタジオでさまざまな楽器で演奏される音をさまざまなマイクロホンで収音したオーディオ信号を最適に調整し、ミックスする(混ぜる)ことで、私たちが普段聞いている音楽作品としての音に仕上げるための部屋で、室内音響特性も最適化されている。
[7] インパルス応答
ある空間にスピーカシステムを置いた際にどのような音が耳に届いているかを測定する手段のひとつで、極めて短いパルス状の音をスピーカから放射させ、その音を聞く位置で測定した結果がインパルス応答。インパルス応答が得られれば、音を聞く位置での音圧周波数特性など、さまざまな物理データを求めることができる。
[8] トランスデューサ
音波を電気信号に変換するマイクロホンや、電気信号を音波に変換するスピーカなどの電気音響変換器をトランスデューサと呼ぶ。
[9] デジタルオーディオ信号処理
アナログのオーディオ信号をA/D(アナログ/デジタル)変換して得られるデジタルのオーディオ信号に対し、デジタル領域で多様な信号処理を加えることにより、求める音を作り出すことができる技術。信号処理理論の研究開発や、デジタル信号処理デバイスの高度化によって、現在ではさまざまなオーディオ機器で実用されている。
[10] レコーディングエンジニア
楽器群の音をさまざまなマイクロホンで収音し、オーディオ信号になったさまざまな楽器の音を、リアルタイムに、あるいは録音の後で、調整して、音楽作品に仕上げるプロのエンジニア。最近では、生楽器をいっさい使わずに、シンセサイザーなどで生成される人工的な信号音のみで音楽を作る場合もある。
[11] ステレオ音響
左右2個のスピーカを聴取位置の前に左右同じ角度で配置した状態で、楽器音、人の声、自然音などで構成される実際の音場を収音再現しようとする音響方式のひとつ。一般には聴取位置の中心軸に対して、左右30度の水平角度でスピーカを配置することが基本とされている。