音響専門書籍・文献紹介では、弊社R&D担当者それぞれが日頃参考にしている書籍や、注目している論文などをご紹介します。
紹介した書籍や文献へのリンクも掲載していますので、興味を持たれたらご利用ください。
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Don Davis, Eugene Patronis, Pat Brown著
『Sound System Engineering, fourth edition』
出版:Routledge
2013.4.12発行
ISBN 9780240818467
https://www.routledge.com/Sound-System-Engineering/Davis-Patronis-Brown/p/book/9780240818467#
キーワード:サウンドシステム、インピーダンス、インターフェース、スピーカ、マイクロホン、室内音響
『Sound System Engineering, fourth edition』
出版:Routledge
2013.4.12発行
ISBN 9780240818467
https://www.routledge.com/Sound-System-Engineering/Davis-Patronis-Brown/p/book/9780240818467#
キーワード:サウンドシステム、インピーダンス、インターフェース、スピーカ、マイクロホン、室内音響
音響、そしてオーディオ技術は、大別すると、研究分野、プロオーディオ分野、民生オーディオ分野という3つの分野で、研究開発や実用化が行われていると言えるのではないかと思います。研究分野には学会があります。日本音響学会やAES(Audio Engineering Society)などが、音響・オーディオ技術分野の代表例です。学会では、最新の研究成果を紹介する学会誌を発行したり、多くの研究者が参加できる研究会やコンベンションなどを開催したりしています。さらに、専門書籍も多く出版されています。例えば、日本音響学会では出版委員会の企画によっていろいろな書籍を編集しています(https://acoustics.jp/publication/books/)。したがって、研究分野ではこういった学会活動や専門書籍から多くの知識を学ぶことができます。もちろん大学における専門教育からも多くの知識を学ぶことができます。
ところが、プロオーディオ分野や民生オーディオ分野では、まとまった知識を容易に得るための手段がさほど多くはありません。もちろん研究分野で紹介した学会や専門書籍から学べることはたくさんありますが、なかなかそれだけではうまくいきません。研究分野と違って、実践が求められる「現場」では、日々いろいろな作業に臨機応変に対応する必要があり、必須となる技術を迅速に理解し、使いこなすことが求められるからです。私のキャリアは録音制作という、プロオーディオ分野、すなわち典型的な「現業」で始まりました。日々様々なコンテンツを制作するため、早朝から深夜まで、スタジオの中や、屋外収録の現場を走り回っていました。当然、いろいろな音響・オーディオ機器を使用します。最初は、それらの機器を問題なく使用できるようになることに専念するわけですが、十分使用できるようになると、各機器の不便な所や問題点などが気になり始めます。そうすると、さらに深い知識が必要になり、それを探すことを始めました。残念ながら、当時はインターネットというものは影も形もない時代でしたから、頼るところは書籍のみです。調べてみるとプロオーディオ分野に関する日本の書籍や資料があまりにも少ないことが分かりました。そこで、海外の書籍に目を向けたわけですが、そんな時に出会った書籍のなかの1冊が今回紹介する「Sound System Engineering」です。
この書籍は、Don Davisとその妻のCarolyn Davisによって書かれていました。初版の発行は1973年です。さらに調べてみると、このふたりが、「SynAudCon」という企業を同時期に米国で立ち上げ、プロオーディオ分野における専門知識の教育活動を行っていたことを知りました。この書籍は、その教育活動における教科書だったわけです。「SynAudCon」は、現在も次の世代に引き継がれ、オンライン教育という武器によりグローバルな展開をしているようです。確かに、米国に限らず南米や欧州でも、この教育を受けたというエンジニアにたくさん出会ったことがあります。つまり、Don DavisとCarolyn Davisによって発刊された「Sound System Engineering」は、プロオーディオ分野で働く人たちのいわばバイブル的な存在になっているわけです。
この書籍を初めて手に入れた時に、特に驚いたのが、「現場ですぐに使えるデータやチャート」がたくさん紹介されていたことです。例えば、Equal-loudness Contours(等ラウドネス曲線)のグラフの周波数軸(横軸)の真下に、ピアノの鍵盤にそれぞれの周波数を記述した図が添えられていました。つまり、等ラウドネス曲線という聴覚心理の概念を、音楽録音という現場にすぐに適用できるような工夫がなされているわけです。マイクロホンに全指向性、両指向性、カーディオイド(単一指向性)など複数の指向性があることについては、音響工学の書籍にも説明されています。ところがこの書籍では、各指向性を示した表の中に、指向性毎に、マイクロホン指向軸でのゲインに対してゲイン3dB下がる指向軸からの角度、6dB下がる角度、指向軸から90度および180度の方向に対する指向軸ゲインからの減少値などが記載されていて、録音でのマイクロホン選択にすぐに使えます。オーディオや音響の理論を、現場ですぐに使用できるものとして提供することがこの書籍の特徴なのだと思います。
さらに、付録には「Recommended Wiring Practices」という章があり、ワイヤリングや半田付けの要点が、豊富な図や写真とともに示されています。私が最初にこの本を手にした当時、オーディオエンジニアにはオーディオ機器のメンテナンスという役割もあり、定期的に電子基板のコンデンサを交換したり、不具合のある電子部品を交換したりすることは日常茶飯事でしたから、この章をよく参照したことを覚えています。
さて、この書籍はすでに第4版が2013年に出版されていますが、いま私の手元にあるものは1997年に出版された第2版ですので、ここではこの第2版をベースにご紹介したいと思います。第2版は、まず、オーディオシステムを扱う上での基礎となる数学やdBの話、そしてオーディオ機器を接続するうえで重要なインピーダンス・マッチングの話から始まります。さらに、音響機器やオーディオ機器間のインターフェースについて解説されています。この後、スピーカの指向性の話があり、室内音響の話となります。音響機器で音を出す空間の特性を理解することも重要で、ホールのような大空間から、音楽スタジオのコントロールルームのような小空間まで解説されています。
さらに進むと、実際にシステムを組み上げたり、調整したり、操作したりする話になります。声の明瞭度を確保するにはどうすればよいのか、音響ゲインの設計、マイクロホンの理解、スピーカアレイの基礎と組み方、遅延を使用した音響システムの設計などが述べられ、システムのインストールの具体例が解説されています。そして、インストールした音響システムのチューニング、即ちイコライジングという手段によって、システムが設置された空間の音響環境や、システムの使用目的に合わせて、最適な音を得るための要点が解説されています。
2013年に発行された第4版では、コンピュータによるシステム設計やデジタルオーディオなど最新の必須知識が追加され、さらに心理音響から考察するサウンドシステムという視点も重視されているようです。「Sound System Engineering」が解説している、音の入口であるマイクロホンから、多様なオーディオ機器を経て、音の出口であるスピーカへとつながるサウンドシステムを理解することは、民生オーディオ分野でも大いに役立つと思います。そして、この書籍が紹介している実践的なデータも広く利用できることと思います。
パウケン