音響専門書籍・文献紹介vol.2 <br>「大串健吾著:音響聴覚心理学」

音響専門書籍・文献紹介vol.2
「大串健吾著:音響聴覚心理学」



音響専門書籍・文献紹介では、弊社R&D担当者それぞれが日頃参考にしている書籍や、注目している論文などをご紹介します。
紹介した書籍や文献へのリンクも掲載していますので、興味を持たれたらご利用ください。


大串健吾著
『音響聴覚心理学』


誠信書房
2019.9.20第1刷発行
ISBN978-4-414-30015-4
http://www.seishinshobo.co.jp/book/b472740.html


オーディオ機器を選ぶ際、多くの人は「どのような音が聴けるか」を重視するであろうと思います。もちろん私たち開発者も、「どのような音が聴けるか」に重点をおいて設計・開発します。では、求める「音の聴こえ方」を実現するために、どのような音響設計をすれば良いでしょうか。その鍵は、音響心理学と聴覚心理学にあります。

一般には「音響聴覚心理学」という言葉はあまり使わず、「音響心理学」と「聴覚心理学」という言い方をします。両者の明確な区別はありませんが、この書籍の冒頭で述べられているように、「音響心理学」は音の物理量と心理量の対応関係、「聴覚心理学」は聴覚の情報処理メカニズムを明らかにすることに重点をおいた分野として使い分けられる傾向にあります。この書籍では、音響物理の基礎、聴覚の構造、オーディオ技術など幅広い内容を記述したことから、「音響聴覚心理学」というタイトルにしたと書かれてあります。以降、この紹介文においても、「音響心理学」と「聴覚心理学」の両方を包含するという意味で「音響聴覚心理学」という言葉を使用します。

「音の聴こえ方」を知るには、音を物理的な波形として解析し、聴覚の構造と機能を理解したうえで、どのような音波形が、どのような心理的事象を生じさせるのか(どのように感じられるか)を明らかにする必要があります。例えば、ある音がどのような大きさに聴こえるかを明らかにするには、まず物理現象の音波がもたらす「音の強さ」が聴覚系でどのように処理され、心理現象の「音の大きさ」として知覚されるかを知ることが必要です。この書籍では、周波数や音圧などの音響工学(物理学)の基礎から、外耳・中耳・内耳の構造とその機能、さらには心理的な音の大きさの測定方法まで、非常にわかりやすく解説されています。

聴覚系での処理についてのわかりやすい例が、音楽聴取です。私たちが音楽を聴くと、複数の楽器の直接音と響きが合わさったひとつの音事象として感じられます。さらに、音楽という音事象において、私たちは楽器それぞれの音色や空間の響きを分離して感じることができます。これは楽器の生演奏を直接聴取する場合はもちろん、録音というプロセスを経て電気信号へ変換し、スピーカやイヤホンおよびヘッドホンで聴取する場合も同様です。なぜこのような体験ができるのか、音楽のような複合音を聴覚がどのように処理しているのかなどを理解するために、この書籍は最適です。

また、私たちは通常、両耳で音を聴いています。「音の三要素」とよばれる、音の大きさ・音の高さ・音色だけでなく、両耳を使ってどのように音源の方向や距離を知覚しているかについてもこの書籍で学ぶことができます。さらに、2chステレオスピーカでは左あるいは右側のスピーカの音をそれぞれ左と右の両耳で聞いているのに対し、ヘッドホンでは、左側の音は左側の耳だけで聞き、右側の音は右側の耳だけで聞くという、ヘッドホン特有の聴取状態おける聴覚心理現象も本書で知ることができます。さらに、ステレオ音響やマルチチャンネル音響、コンサートホールなどの大空間音響などについても、簡単な実験結果とともに述べられており、実践的な知識も得ることができます。

私個人の体験として、音響聴覚心理学の知識は、イヤホンおよびヘッドホン聴取での空間知覚の研究に非常に役立っています。音響聴覚心理学の知識をもとに、なぜそのように聴こえるか(どのような処理が聴覚で起こっているか)を推測して仮説を立て、実験を重ねて音響特性と空間知覚の関係について検証しています。また、空間知覚に限らず、音色などの音印象についても、ある「音の聴こえ方」を目指してイヤホンやヘッドホンの音響特性を決定する、つまり、音波という物理現象と音の知覚という心理現象を関連づけることも、音響聴覚心理学の知識を基に行っています。

以上述べてきたように、イヤホンおよびヘッドホンの開発や設計において、音響聴覚心理学は必須の知識です。そのため、イヤホンおよびヘッドホンを愛用されている方にとっても、音響聴覚心理学の基礎や歴史から音響再生技術まで幅広く学べるこの書籍は、大変興味深いものではないかと思います。この書籍で述べられていることは、過去にfinalが開催した音響講座の内容と重なる部分もありますので、その講座の復習をされたい方や、さらに詳しく内容を知りたい方にもお勧めします。


クロフダ
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